「幾一里のブログ」 京都から ・・・



一乗谷朝倉氏遺跡と石仏群を探訪(北陸越前・福井市)

・戦国時代の名将「朝倉氏」が五代に亘って築いた一乗谷の城下町。天正元年(1573)織田信長との戦に敗れ、焦土と化しました。兵どもが夢の跡をじっくり探訪してまいりました。(6月4日撮影)

・ところは北陸越前、福井市安波賀町の一乗谷。昭和46年に国の特別史跡に指定され、400年以上埋もれていた朝倉城下の発掘調査が進められ、史跡公園として見事に整備されています。観光地にありがちな商魂逞しさや目立つ看板、建物等がなく、嬉しくなってまいりました。福井県さん頑張ってますね。

・と同時に西山光照寺跡や盛源寺さんには往時の石仏も数多く残され、訪ねる人々の心を癒してくれます。

▼一乗谷を訪ねるきっかけとなった水上勉氏他著の書籍「越前一乗谷石仏」(昭和50年、鹿島出版会発行)
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▼一乗谷のPRポスター。「京都にはない、金沢にもない、あまりになにもない、だから面白い」、言い得て妙のキャッチコピーでした。(福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館にて)
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▼広大な朝倉氏遺跡。左手前の石組は井戸跡です。
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▼第五代の朝倉義景館の唐門です。前のお堀には鯉があでやかに泳いでいました。
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▼城下町の町並みが、発掘された石垣、礎石、出土遺物等を利用してリアルに復原されていました。いまにも武士や城下の人達と出会いそうでした。
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▼以下三葉は盛源寺さんの石仏です。野にある姿そのままで感動いたしました。合掌。
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▼以下二葉は西山光照寺跡の石仏です。下の写真・五輪塔等の残欠群がまとめられていました。
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▼こちらは人の背丈もあろうかと思われる仏様が整然と並んでいました。
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by ikuitiri | 2015-06-05 21:39 | 町と暮らしと自然の風景
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